齊藤会計事務所
税理士 齊藤 勝久
税理士 田中 俊男
税理士 田中 俊男
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ニュース
- 「奈良テレビ」と「奈良新聞」 に出ました! 2009年12月8日
- 久々に生でプロボクシングの試合を見ました。 2009年8月20日
- 大阪大学・経済学部・同窓会・総会→司会を担当 2009年8月20日
- 「凡人起業」の紹介(小生大学の後輩が出版!) 2009年6月26日
- 少し写真写りが悪いのですが・・・。 2009年1月31日
- 「ちゅうしん地域中小企業振興助成金制度」(愛称“グッドサポート”) 2009年1月11日
- 「事業承継アドバイザー」&「M&Aスペシャリスト」検定試験にトライしました。 2009年1月5日
- 齊藤先生表彰(20.11.3) 2008年11月3日
- 阪大ボクシング部OB会 2008年11月3日
- セミナー講師履歴と今後 2008年10月4日
- 中小企業診断協会 奈良支部のHPに当事務所案内掲載しました。 2008年2月1日
- 少し昔の思い出に浸って・・・(日欧文化交流会投稿記事) 2008年1月30日
- 奈良中信・経営研究会「事業承継」講師(19.11.14) 2007年11月15日
- 奈良新聞に出ました!(19.10.19付 経済面)少しだけ・・・。 2007年10月21日
- 亀田大毅くんの試合はどうでしょうか・・・!? 2007年10月21日
- 奈良市「女性のための開業セミナー」講師(19.9.29) 2007年10月19日
- たんぽぽの家 「社会企業セミナー」 (9/16-17) 講師 2007年9月24日
- NPO日欧文化交流協会の理事に就任しました。 2007年4月4日
- 高杉良の”不撓不屈”(映画)見ました! 2007年3月9日
- 奈良のボクシング 2007年3月8日
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案内板
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リンク集
ニュース
少し昔の思い出に浸って・・・(日欧文化交流会投稿記事)
【ドイツ滞在記】 ~ 仕事で欧州に滞在、あれから早20年近く経ちました・・・ ~
はじめまして。現在、奈良県の大和高田市で税理士をしている田中俊男といいます。今回、縁あって日欧文化交流協会の理事をさせていただいています。
本法人はNPOということで、通常の企業の会計・税務とは相違し、特殊なものとなっておりますが、そもそものお声がかりはそちらの業務を担当させていただくということでした。しかしながら、会社(三菱電機)勤務時代は欧州に滞在した経験もあり、今回、簡単な滞在記ということで、昔を少し思い出し、書いてみたいと思います。
さて、私はサラリーマン生活をちょうど20年続けましたが、英国(ロンドン)に留学・ビジネス研修で1年(1990~1991年)、ドイツには半導体製造工場(デユッセルドルフ近郊のアルズドルフ)に1年(1992年)駐在しました。イギリス時代は、ちょうど湾岸戦争が勃発した時で、ビクトリア駅では無差別テロの爆弾に直面し(電車を降りた瞬間、駅構内約50メートル先で爆発)、九死に一生を得たこともありました。
他方、ドイツは30歳手前での赴任でしたが、新工場の立上げの部門業務責任者という立場で1年間奮闘しました。直接一緒に仕事したのは、当時40歳と30歳くらいのドイツ人男女でしたが、私などの若造の言うことにも真剣に耳を傾けてくれ、勤勉に業務を遂行してくれました。一方、彼らの業務とプライベートの切り替えは見事なもので、5時を過ぎると残業はほとんどせず、ダンスやコーラスなど趣味の世界に浸り、また、夏には2週間~1ヶ月間、フランスやスペインなどへバカンスに出かけていました。
私もせっかく欧州(統合直後)に滞在しているということで、当時セビリア万博が開催されていたスペイン始め、欧州各国20カ国近くを訪問しました。日本ではほとんど行ったことのなかったミュージカルや音楽会、美術館・博物館めぐりなどにも精を出し、“俄(にわか)文化人”を気取っていたものでした。
今は税理士という職業柄、業務での海外への出張は考えられませんが(名古屋や東京ですらない・・・)、この時代の経験は私の根底に脈々と流れているとともに、異国や異文化の方とも同じ人間として構えることなく交流できる素地が作れた貴重な時代だったとも思います。1990年の英国滞在中に生まれた長男がもはや高校2年生となることにも感慨深いものを感じる今日この頃です。いつかまた、家族揃って訪問してみたいと思います。
また、欧州の方々と交流を深める機会をもてるならば、昔とは違った風情もあるでしょうし、より練れた対応もできるのではないかと期待をしているところです。(語学力の衰え、これはもうどうしようもないとは思いますが。) 以上
はじめまして。現在、奈良県の大和高田市で税理士をしている田中俊男といいます。今回、縁あって日欧文化交流協会の理事をさせていただいています。
本法人はNPOということで、通常の企業の会計・税務とは相違し、特殊なものとなっておりますが、そもそものお声がかりはそちらの業務を担当させていただくということでした。しかしながら、会社(三菱電機)勤務時代は欧州に滞在した経験もあり、今回、簡単な滞在記ということで、昔を少し思い出し、書いてみたいと思います。
さて、私はサラリーマン生活をちょうど20年続けましたが、英国(ロンドン)に留学・ビジネス研修で1年(1990~1991年)、ドイツには半導体製造工場(デユッセルドルフ近郊のアルズドルフ)に1年(1992年)駐在しました。イギリス時代は、ちょうど湾岸戦争が勃発した時で、ビクトリア駅では無差別テロの爆弾に直面し(電車を降りた瞬間、駅構内約50メートル先で爆発)、九死に一生を得たこともありました。
他方、ドイツは30歳手前での赴任でしたが、新工場の立上げの部門業務責任者という立場で1年間奮闘しました。直接一緒に仕事したのは、当時40歳と30歳くらいのドイツ人男女でしたが、私などの若造の言うことにも真剣に耳を傾けてくれ、勤勉に業務を遂行してくれました。一方、彼らの業務とプライベートの切り替えは見事なもので、5時を過ぎると残業はほとんどせず、ダンスやコーラスなど趣味の世界に浸り、また、夏には2週間~1ヶ月間、フランスやスペインなどへバカンスに出かけていました。
私もせっかく欧州(統合直後)に滞在しているということで、当時セビリア万博が開催されていたスペイン始め、欧州各国20カ国近くを訪問しました。日本ではほとんど行ったことのなかったミュージカルや音楽会、美術館・博物館めぐりなどにも精を出し、“俄(にわか)文化人”を気取っていたものでした。
今は税理士という職業柄、業務での海外への出張は考えられませんが(名古屋や東京ですらない・・・)、この時代の経験は私の根底に脈々と流れているとともに、異国や異文化の方とも同じ人間として構えることなく交流できる素地が作れた貴重な時代だったとも思います。1990年の英国滞在中に生まれた長男がもはや高校2年生となることにも感慨深いものを感じる今日この頃です。いつかまた、家族揃って訪問してみたいと思います。
また、欧州の方々と交流を深める機会をもてるならば、昔とは違った風情もあるでしょうし、より練れた対応もできるのではないかと期待をしているところです。(語学力の衰え、これはもうどうしようもないとは思いますが。) 以上
2008年1月30日更新
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