櫻井 ミス 税務会計事務所
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ニュース
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案内板
- 櫻井のメモ 貨幣 2008年12月15日
- 櫻井のメモ ⑲ 予測可能性 ハンチントン教授に学ぶ 2008年12月10日
- 櫻井の古典 ⑭ カール・ポパーの「反証可能性」 2008年12月10日
- 櫻井の古典 ⑫ アダム・スミス 再 2008年9月4日
- 櫻井のメモ ユビキタス社会 2008年8月11日
- 櫻井の古典 ⑮ ヘーゲル 弁証法 2008年7月18日
- 私の古典 ⑩ アリストテレス 『トポス』 2008年7月18日
- 櫻井のメモ 橋と扉 G・ジンメル 2008年7月18日
- 経営管理 27) SWOT分析と企業倫理 2008年7月18日
- 櫻井の古典 ⑭ 『義務も制裁もなき道徳』 ギュイヨー 2008年6月30日
- 経営管理 26) AGIL図式 T・パーソンズ 2008年5月19日
- 櫻井の古典 ⑯ 命題 J.デューイ 2008年5月1日
- 櫻井の古典 ⑬ ジンメル レヴイナス 貨幣の哲学 2008年5月1日
- 経営管理 ⑰ 目的と手段と能率と 2008年4月22日
- 経営管理(25) コンプライアンス 2008年2月14日
- 経営管理 22) P・Fドラッカー 『現代の経営』 2007年12月16日
- 経営管理⑮ モンゴメリー 内部牽制組織 ⑭ 内部統制 2007年11月1日
- 櫻井の古典 ⑪ デカルト 2007年5月31日
- 櫻井のメモ⑰「交換の社会学」 ホーマンズの社会行動論 橋本茂 2006年4月28日
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リンク集
案内板
櫻井の古典 ⑭ カール・ポパーの「反証可能性」
カール・ポパー(1902-1994) ウイーン生まれ
「批判的合理主義」より
「ソクラテスの弁明」われわれに謙虚になるべきこと、そして人 間の根源的平等を教えている。
無知の知とは、われわれの側に真理を追求する意志があるから こそ意味をもつ教えである。したがって、ポパーの倫理は、真 理の探究という営みのまわりに展開される倫理となる。真理を 探究するためには、追究する者の倫理が必要である。そして、 それは、方法論的反証主義として結実する。
これが、ポパーの倫理の根源である。それは、3つの原則から 引き出される。
1.可謬性の原則
おそらくわたくしが間違っているのであって、おそらくあなた が正しいのであろう。しかし、われわれ両方がともに間違って いるのかもしれない。寛容が必要である。
2.合理的討論の原則
われわれは、ある特定の批判可能な理論に対する賛否それぞれ の理由を、可能なかぎり非個人的に比較検討しようと欲する。
3.真理への接近の原則 相手を潜在的に同等な者として承認しな ければならない。
ことがらに即した討論をつうじて、われわれはほとんどいつで も真理に接近しようとするそして、合意に達することができな いときでも、よりよい理解には達する。
真理の追究は、われわれに謙虚さの倫理を教えてくれる。人間 の根源的平等が認められる。
カント倫理の継承
カントの自律の倫理は、道徳の立法者がわれわれ自身である ことを主張している。倫理の立法者であるとは、われわれ自身 が自分の人生に意味をあたえたり、目標を設定したりするとい うことである。これは歴史についても言える。すなわち、われ われこそが歴史の過程に対して倫理的目標を設定し、その追求 を課題とすることによって、歴史を意味あるものとする。した がって、さまざまな意味、目標が成立し、われわれの社会は必 然的に自由で多元的なものとならざるをえないであろう。
これに対して外部からさまざまなかたちで意味や目標がわれ われに課せられてくることがある。ときには、歴史には客観的 な意味が内在しているのであるからそれを実現するように行動 せよといった命令とか、あるいは神の名による掟が課せられて くるかもしれない。しかしながら、われわれは、権威による命 令に直面したとき、それが道徳的であるか否かを、したがって 受け容れるか否かを自分自身の責任において判断する。ポパー はこれを倫理の自律とよぶ。
われわれは、事実の領域においても規範の領域においてもみ ずから法を立てそれを修正しうるからこそ、自由で責任ある人 間たりうる。
「われわれは法を悪の排除を通じて改善し、知を反証によって 改善していく。」
*法則は、普遍的でなければならない。普遍性(数的普遍性・ 厳密な普遍性)
*反証は、当該の言明を偽であるとすること。
・・・・
20.9.10
「批判的合理主義」より
「ソクラテスの弁明」われわれに謙虚になるべきこと、そして人 間の根源的平等を教えている。
無知の知とは、われわれの側に真理を追求する意志があるから こそ意味をもつ教えである。したがって、ポパーの倫理は、真 理の探究という営みのまわりに展開される倫理となる。真理を 探究するためには、追究する者の倫理が必要である。そして、 それは、方法論的反証主義として結実する。
これが、ポパーの倫理の根源である。それは、3つの原則から 引き出される。
1.可謬性の原則
おそらくわたくしが間違っているのであって、おそらくあなた が正しいのであろう。しかし、われわれ両方がともに間違って いるのかもしれない。寛容が必要である。
2.合理的討論の原則
われわれは、ある特定の批判可能な理論に対する賛否それぞれ の理由を、可能なかぎり非個人的に比較検討しようと欲する。
3.真理への接近の原則 相手を潜在的に同等な者として承認しな ければならない。
ことがらに即した討論をつうじて、われわれはほとんどいつで も真理に接近しようとするそして、合意に達することができな いときでも、よりよい理解には達する。
真理の追究は、われわれに謙虚さの倫理を教えてくれる。人間 の根源的平等が認められる。
カント倫理の継承
カントの自律の倫理は、道徳の立法者がわれわれ自身である ことを主張している。倫理の立法者であるとは、われわれ自身 が自分の人生に意味をあたえたり、目標を設定したりするとい うことである。これは歴史についても言える。すなわち、われ われこそが歴史の過程に対して倫理的目標を設定し、その追求 を課題とすることによって、歴史を意味あるものとする。した がって、さまざまな意味、目標が成立し、われわれの社会は必 然的に自由で多元的なものとならざるをえないであろう。
これに対して外部からさまざまなかたちで意味や目標がわれ われに課せられてくることがある。ときには、歴史には客観的 な意味が内在しているのであるからそれを実現するように行動 せよといった命令とか、あるいは神の名による掟が課せられて くるかもしれない。しかしながら、われわれは、権威による命 令に直面したとき、それが道徳的であるか否かを、したがって 受け容れるか否かを自分自身の責任において判断する。ポパー はこれを倫理の自律とよぶ。
われわれは、事実の領域においても規範の領域においてもみ ずから法を立てそれを修正しうるからこそ、自由で責任ある人 間たりうる。
「われわれは法を悪の排除を通じて改善し、知を反証によって 改善していく。」
*法則は、普遍的でなければならない。普遍性(数的普遍性・ 厳密な普遍性)
*反証は、当該の言明を偽であるとすること。
・・・・
20.9.10
2008年12月10日更新
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