青山素子税理士事務所
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空き家、「4分の1」に急増へ 2026年5月8日
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個人事業主〝国保逃れ〟是正へ通知 2026年5月8日
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3月の鉱工業生産は0.5%減 ナフサ不足 2026年4月30日
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意外と知らない労災保険 2026年4月30日
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大学医学部の定員「削減大胆に」 財政審提言 2026年4月24日
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税務調査の最新動向 所得・消費税で強化進む 2026年4月24日
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日商、最低賃金の目標見直しを 2026年4月17日
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外国人労働者の雇用保険加入 2026年4月17日
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証券会社など相続手続き一括対応 28年秋にも 2026年4月10日
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中企庁調査 事業承継「まだ考えていない」多数派 2026年4月10日
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「地域おこし隊」任期、最大5年 2026年4月3日
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厚生年金の標準報酬月額の上限の引き上げ 2026年4月3日
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通信傍受、25年は15事件 109人逮捕 2026年3月27日
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実質賃金1.3%減、4年連続マイナス 2026年3月27日
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再エネ世帯負担金、年2万円超に 2026年3月22日
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2026年労働基準法改正 企業への影響と対応策 2026年3月22日
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コメ民間備蓄20万トンで調整 2026年3月13日
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外国所有資産の総財産額8兆円超え 2026年3月13日
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サッポロHD、自販機事業撤退へ 2026年3月6日
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万馬券で大儲け 課税対象? 2026年3月6日
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お役立ち情報
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事務所案内板
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事務所ニュース4月号(抜粋) 2026年4月24日
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所長の独り言'26-04 昭和の断片Ⅲ-その5(野良猫) 2026年4月10日
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事務所ニュース3月号(抜粋) 2026年3月27日
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所長の独り言'26-03 昭和の断片Ⅲ-その4(ペットの葬儀) 2026年3月13日
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事務所ニュース2月号(抜粋) 2026年2月27日
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所長の独り言'26-02 昭和の断片Ⅲ-その3(旬) 2026年2月12日
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事務所ニュース1月号(抜粋) 2026年1月30日
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所長の独り言'26-01 昭和の断片Ⅲ-その2(オフィスコンピューター) 2026年1月16日
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事務所ニュース12月号(抜粋) 2025年12月27日
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所長の独り言'25-12 昭和の断片Ⅲ-その1(ロック音楽) 2025年12月11日
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事務所ニュース11月号(抜粋) 2025年11月28日
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所長の独り言'25-11 昭和の断片Ⅱ-その10(生理休暇) 2025年11月13日
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所長略歴 2019年12月27日
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業務内容 2003年8月2日
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連絡方法等 2019年3月15日
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リンク集
事務所案内板
所長の独り言'25-12 昭和の断片Ⅲ-その1(ロック音楽)
昭和の断片Ⅲ-その1(ロック音楽)
60年代から70年代はロック音楽が全盛であった。ビートルズから始まった。海の向こうでビートルズが爆発的に流行し出すと、程なく日本にも上陸した。東京はともかく、旭川の片田舎である。新しいものは全て「子供に害」とばかりに、ビートルズを聴くと不良扱いされた。何しろ高校生になっても喫茶店に出入りすると、生活指導が張っていて、見つかると「指導」を受けた、とんでもない時代であったから。
早熟な子が私を誘い、ビートルズを聴かせてくれた。「良い!良い!」と叫ぶのであったが、その頃の私には騒音にしか聞こえなかった。大人になって聴いてみると、何とものどかな音楽で、どちらかと言うとポップスに近かった。日本では、ものまねで「グループサウンズ」が全盛を極めた。今もソロ現役で頑張っている沢田研二もタイガースの一員であった。
70年代ロックは、ローリングストーンズ、フェイセズ等に代表される「ハードロック」の時代となり、ディスコが全盛となった。大学生となり都会の札幌に出てきた私は、何の妨害も無くそれらの音楽に親しんだ。だが、英語の歌詞が理解できないのが難点で、やはり「やかましい」くらいであった。しかし、どういうわけか、ハードロックのリズムは体になじんだ。何のことは無い、慣れ親しんでいたクラシック音楽の2拍子・4拍子のリズムなのであった。
和製ロックも盛んとなった。バラードは、なぜか演歌っぽいところが和製ロックの所以でもあった。日本語がはっきり理解できる和製ロックの時代になって、私は、初めてロックにのめり込み始めた。足が悪いにもかかわらず、「せっかく札幌に居る」のだからと、コンサートに足を運んだ。拳を突き上げ観客総立ちが、ロックコンサートの定版であり、ライブの醍醐味であると、初めて知り、また、初めてはまった。
足もどんどん悪くなりコンサートから遠ざかる頃、なぜか、本場の70年代ロックにはまり、中古CDを買い漁る日々が続いた。発音のはっきりした英語の歌詞もあるのだと思ったりもした。
他方日本では、ギター1本片手にフォークソング、ニューミュージックも全盛を極めた。コンサートこそあまり行かなかったが、CDはそこそこ集めた。
今や演歌を含め、これら全てひとくくりに「昭和歌謡」と言われる時代となった。右翼も左翼もそんなものは知らない、「日本人ファーストだああ!」と、言うのと同様である。何だか、寂しい限りである。
60年代から70年代はロック音楽が全盛であった。ビートルズから始まった。海の向こうでビートルズが爆発的に流行し出すと、程なく日本にも上陸した。東京はともかく、旭川の片田舎である。新しいものは全て「子供に害」とばかりに、ビートルズを聴くと不良扱いされた。何しろ高校生になっても喫茶店に出入りすると、生活指導が張っていて、見つかると「指導」を受けた、とんでもない時代であったから。
早熟な子が私を誘い、ビートルズを聴かせてくれた。「良い!良い!」と叫ぶのであったが、その頃の私には騒音にしか聞こえなかった。大人になって聴いてみると、何とものどかな音楽で、どちらかと言うとポップスに近かった。日本では、ものまねで「グループサウンズ」が全盛を極めた。今もソロ現役で頑張っている沢田研二もタイガースの一員であった。
70年代ロックは、ローリングストーンズ、フェイセズ等に代表される「ハードロック」の時代となり、ディスコが全盛となった。大学生となり都会の札幌に出てきた私は、何の妨害も無くそれらの音楽に親しんだ。だが、英語の歌詞が理解できないのが難点で、やはり「やかましい」くらいであった。しかし、どういうわけか、ハードロックのリズムは体になじんだ。何のことは無い、慣れ親しんでいたクラシック音楽の2拍子・4拍子のリズムなのであった。
和製ロックも盛んとなった。バラードは、なぜか演歌っぽいところが和製ロックの所以でもあった。日本語がはっきり理解できる和製ロックの時代になって、私は、初めてロックにのめり込み始めた。足が悪いにもかかわらず、「せっかく札幌に居る」のだからと、コンサートに足を運んだ。拳を突き上げ観客総立ちが、ロックコンサートの定版であり、ライブの醍醐味であると、初めて知り、また、初めてはまった。
足もどんどん悪くなりコンサートから遠ざかる頃、なぜか、本場の70年代ロックにはまり、中古CDを買い漁る日々が続いた。発音のはっきりした英語の歌詞もあるのだと思ったりもした。
他方日本では、ギター1本片手にフォークソング、ニューミュージックも全盛を極めた。コンサートこそあまり行かなかったが、CDはそこそこ集めた。
今や演歌を含め、これら全てひとくくりに「昭和歌謡」と言われる時代となった。右翼も左翼もそんなものは知らない、「日本人ファーストだああ!」と、言うのと同様である。何だか、寂しい限りである。
2025年12月11日更新
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