(L. to R.)
Larry Love / ラリー・ラヴ (g)
Jay Slammer / ジェイ・スラマー (ds)
Jonne Aaron / ヨンネ・アーロン (vo)
Mr. Snack / ミスター・スナック (key)
Antti Anatomy / アンティ・アナトミー (b)
97年末にヨンネ・アーロン(Vo.)を中心に結成。当初ヨンネが高校在学時にドラマーのジェイと出会ってバンドが始まり、それからベーシストのアンティ、ギタリストのラリー、最後にもう一人のギタリストのクリストゥスが入ってロック・バンドとしての形を成す。当時ハイ・スクール・バンドとしてスタートしながら、音楽に対する
アティテュードが共通していたり、同じ目標を持っていることが分かって、意気投合した彼ら。98年にNEGATIVEとして初めてのライヴを披露して以降、それから何度もライヴを重ね、その自らのライヴ・パフォーマンスによってフィンランド国内で徐々に評判を築いていく。
02年に現ラインナップが揃ったバンドは、結成から約5年にして初のアルバム制作に着手し、03年3月、デビュー・アルバムとなる『WAR OF LOVE』をリリースする。そのアルバムは本国フィンランドでは発売後27週間もチャートに居座り続け、カットされた3枚のシングル、『THE
MOMENT OF OUR LOVE』、『AFTER ALL』、そして『STILL ALIVE』もあっという間にチャートの上位に名を連ねていった。特に『THE
MOMENT OF OUR LOVE』はチャートの第1位まで上り詰め、ゴールド・ディスクを獲得している。その後国内を中心として数多くのフェスティヴァルに出演、03年を席巻する。その締め括りとして行なわれた同郷の大先輩HANOI
ROCKSとのカウントダウン/ニュー・イヤーズ・パーティは彼らの夢の結実として強い印象に残ったようだ。
04年になり、次なるアルバムに向けてレコーディングをスタート。これまでのサポート・プレイヤーとしてライヴに参加していたスナックが正式キーボーディストの座につき6人編成となったバンドは約3ヶ月に及ぶスタジオ・ワークスを終え、2ndアルバム『SWEET
AND DECEITFUL』を完成させた。なお、プロデューサーはHIMやTHE 69 EYES、LORDIらも担当したT.T.オクサラ。チャート・リアクションも非常に好調で1stシングル『FROZEN
TO LOSE IT ALL』、そして2ndシングル『IN MY HEAVEN』、そしてアルバムともナショナル・チャート1位を獲得し、フィンランドを代表するバンドへと伸し上がった。同年4月にはショウケースながら早くも初来日。その後再び来日したバンドは、「SUMMER
SONIC 04」に参戦。更に10月からはフィンランド各地を中心とした長期ツアーに出発した。
05年1月にはジャパン・ツアーを敢行。大阪→福岡→名古屋→東京→仙台、と全国5ヶ所をまわり、日本全国にNEGATIVE中毒者を増加させていった。そのジャパン・ツアーのときにはすでに曲作りが始められていたというのは3rdアルバム『ANORECTIC』。プロデューサーにHIMやTHE
69 EYES、LORDI、そしてメンバーが崇拝するSENTENCEDといったフィンランドの先達をも手掛けるヒイリ・ヒイレスマーを迎え制作されたこの作品も、当然のようにフィンランドのナショナル・アルバム・チャートで初登場1位を獲得。
06年、「LOUD PARK 06」出演のため4度目の来日を果たす。同じくLOUD PARK 06に出演していたHARDCORE SUPERSTARとのジャパン・ツアーも成功を収め、日本でもしっかりとした人気・知名度を誇ることを証明。2007年に入っても、春からコンスタントにフィンランドやドイツでライヴをして回り、フェスにも出演。同年10月には中国でもギグを行なった。11月1日にドイツはミュンヘンで行われた「MTV
EUROPEAN MUSIC AWARDS」にて、NIGHTWISHやHIM、アリ・コイヴネンらを抑えてベスト・フィニッシュ・アクトを受賞。
そんな中、バンド結成時からのメンバーであるクリストゥスが08年1月に脱退。5人編成となったバンドであったが歩みを止めることなく、母国フィンランドのチャートでは初登場1位を獲得した初ライヴDVD『IN
THE EYE OF THE HURRICANE』を同年4月にリリース。そして、5月には期待の4thアルバム『KARMA KILLER』を発表する。その直後の5月末には、5月の「FINLAND
FEST 08」に参加するために来日。