私は税理士になる前に、茨城県結城市にある呉服の会社に就職しました。学生時代に多くの発展途上国を旅して世界から日本をみると自分がいかに日本のことを知らないか思い知らされました。海外の人に日本のことを語るとき和食、焼き物、国技、建築、風俗などのなかで私は和服についてもっと知りたいと思うようになっていました。その後の就職活動で縁あって結城市にある呉服の会社に就職することになりました。会社で私は一般呉服全般を扱いましたが、そのなかで産地を代表する本場結城紬には特に愛着をもちました。
皆さんは結城紬をご存じですか。西の大島紬、東の結城紬と紬の日本2大横綱といわれています。紬とはつむぎ糸などを使い、先染めした着物のことです。
結城紬の歴史は2千年とも言われており、茨城県結城市および栃木県小山市などの鬼怒川流域で生産されています。この辺りは絹村や桑村といった旧地名も残されており養蚕が盛んな産地で農閑期に副業として始まったとされています。
本場結城紬は1956年に国の重要無形文化財に総合指定されました。国による重要無形文化財の指定要件は「糸つむぎ」「絣くくり」「地機織り」の三つです。
まず糸には強撚糸を使用せず真綿から手つむぎした糸を用います。
本場結城紬は生糸に出来ないくず繭を煮沸し5・6粒ほどを広げ袋真綿にしたものを撚り(より)を掛けずに数本ずつ引出して唾液で固めながら手でつむぎ、糸をひいていきます。
今でこそくず繭は使わないようですが以前はそのような糸を捨てずに活かしていました。また結城紬を一反分作るには、蚕2,000匹前後、真綿370~380枚が必要だと言われます。
次に模様付けですが本場結城紬には亀甲絣(かすり)の柄の模様が有名です。この模様付けの作業は手による仕事でなければなりません。計算された織り柄に合わせて手つむぎ糸に墨を付けそこを綿の糸で縛ります。この作業を絣くくりといいます。
糸で縛られた部分は染料に浸けても色が染まらずに柄となります。その染まっていない部分をそろえて絣模様を出していきます。
最後に織りですが一般的な織物の産地で見られる椅子に座るような姿勢で織る高機(たかばた)ではなく地機(じばた)で織ることです。
この地機は床に座るような姿勢で織るため居座機(いざりばた)ともいい、この機は日本最古の機とも言われております。経糸(たていと)は高機のように機に巻き込むのではなく腰当てをあて織り手が身体で調整して織り上げます。
そもそも日本全国にあった各地の紬は本場結城紬のように手つむぎの糸を使い地機で織られていました。しかし技術がすすむなかで手織りから機械織りへと代わっていきました。時代が流れとともに変化する全国の紬の中で本場結城紬は昔ながらのつくり方を変えなかったのです。そしてその姿勢が評価されて最近では2010年11月にユネスコの無形文化遺産にも登録されました。
本場結城紬は手をかけて作られるため決して安価ではありませんが、真綿から撚りのない糸を使っているために軽くて、糸に空気が含まれるため暖かいのです。そして着れば着るほど柔らかさを増し身体に馴染んできます。身体にまとわりつき着崩れしない結城紬、皆さんも機会があれば是非手にとってみてはいかがでしょうか。
製造工程は重要無形文化財の要件をはじめとした40数工程を経て作られておりそのほとんどが手作業によるため、ものづくりの機械化が当然のいまだからこそ、ものづくりの担い手の火を消してほしくないと思います。結城市では重要無形文化財指定技術を守り伝えるため後継者育成事業も実施しているとのことでした。