加藤 寛先生
閑話休題
私が学生のころの慶応には風格と個性を備えた先生方が多くいた。小泉信三先生は、よく私たち若手の研究者をお宅に呼んで懇談していた。論文を送ると一つ一つ批評して下さる。優しいのだけれど、人格から生じる〝風圧〟を感じた。例えば大学のトイレで横に並び「君は今、何を読んでいるのかね」と声をかけられる。ドキッとして出るべきものが止まるのだった。
「学生は、〝未来からの留学生〟」
彼らが卒業して自分の〝故国〟である未来の社会に〝戻り〟仕事をするとき、自分で考え、問題を発見し、解決しなければならない。その思考のツール(道具、手段)になる技能・技法を身につけさせるのが大学教育だ。教育方法の刷新ではまずコンピューター・リテラシー(読み書き技能)を重視した。「学問の創造」は手探りで日々務めるしかないが、現代の諸学問は、世に役立つ「実学」から遠い、専門の隘路にはいりこんでいる、と私は思う。
「半学半教」精神
福沢諭吉は、「一日先に学んだ者は師となり、一日遅れた者は、弟子となる。師弟に差はなし」を教育の信条にした。若い日に学んだ緒方洪庵の適塾のやり方に感じ入り、慶応でも塾生と師が教え学び合う関係を築こうとしたのだ。
「文明の事を行う者は私立の人民」の福沢の言葉を形にしよう。