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税理士の行く末

 20年以上の税理士生活を振りかえると、法的知識を得るための努力を毎日継続していることに気づいた。数ミリでも良いから日々前進である。

 税理士としての信念を貫き、納税者の為に自分自身の体力を全て使いきる瞬間がこれまで多々あった。箱根駅伝で区間新記録を獲得するイケメンの選手が笑顔で走り切る姿と違い、私の場合ちょっとかっこ悪い。

 車をぶっ飛ばして修正申告書を税務署へ届けた後、へとへとになりながら、丸亀製麺の釜揚げうどんを食べに行き、湯舟にゆったりつかったうどんの優しさに癒される。3月15日の確定申告期終了の日までずっと走り続け、クッキーと和菓子、洋菓子を飴玉のごとくぶら下げ、とにかく走りぬく。決してかっこよくないけれど、20年以上続けている。

 体の老化に耐えうるだけの精神力が継続して必要であるが、普通の人間はそこまで強くない。実務経験と豊富な法的知識、そして戦い抜く精神力があってこその士業である。だからというわけではないが、行く末五択に落ち着くのではないかと思っていた。

① 白髪 
② 剥げる
③ がん(病気)
④ 不貞行為 
⑤ 年収減らして好きな人生を歩む

 私の場合、③であった。45歳の誕生日を過ぎて5日目に7時間の手術を受けた。ぽつぽつと現れたがんがたった半年で胸の半分近くの乳管を張っていたことが分かった。カルビではなく、ハンバーグの大きさだった。手術が終わった後、先生が「全部切り取ったからね!」と言われたときは、とことん手術してくださったことに涙がとまらなかった。背中の筋肉を右胸に埋め込む再建手術であったが、外から見ると背中の切り傷しか見えない。中央病院と岡大の乳がんの専門医達の実力は日本のトップクラスで、命を助けられたことに深く感謝している。

 しかし、放射線治療をきっかけに、ずっと見ていた売上の大きい大好きな会社を手放す決心をした。車の座席に血がつき、急いで自分の体の手当をした後、座席の血をふくとき、恐怖感でいっぱいだった。子宮だけでなく、体のあちこちに大きい湿疹ができた。成人病アトピーであることがわかり、岡大の皮膚科の先生に助けていただいた。今は赤十字病院に変わられて、私も先生について赤十字に通った。当初岡大で免疫がゼロと言われたとき、自分の体がどうなっているのかわからなくなったが、先生の漢方の知識が私の命を助けてくれた。先生が内科や漢方も学ぶのよとおっしゃっていたが、体もきれいになり、3年近く続いた下血も落ち着き、今は乳がんになる前の仕事量に戻しつつある。医者の仕事がこれほどまで尊い仕事なのかと感じた。

 元気になったからには、税理士として貢献しようと、仕事量を増やしている。そんな中、税理士の行く末五択以外の選択肢に気がついた。士業を進化させる努力である。
 
 税理士は普通に仕事をしていたら、税務調査だけで終わるであろう。しかし、税法だけでは足りない。相続ならば民法、調査であれば国税通則法のからみで行政法、法人税法であれば会社法等、そして租税法律主義に基づき仕事をするから憲法も必要である。さらに私の場合は刑事事件、労働審判、離婚調停、相続訴訟等様々なケースに遭遇したことで、税理士の勉強だけでなく、司法試験の勉強もあわせてするようになった。
 
 伊藤塾の基礎マスターの授業を聞いていた35歳の頃は、授業を聞くだけで精一杯だった。まだ学習支援システムがなく、書籍を毎日10問解くだけで終わっていた。今は学習支援システムを解くことがメインであり、日々の演習数が一目瞭然だから達成感がある。勉強を続ければ続けるほど、税理士と弁護士の考え方の違いや、実務を知っていたらこんな帰結にはならないだろうと突っ込みを入れたくなる論文も出てきたし、税法自体に改善の余地があることも見えてきた。

 そして法律や判例の考え方を納税者に分かりやすく伝え、適正な納税申告と共に、立派な経営者になっていただくよう支援をしたいという、私なりの税理士の使命を感じている。

 したがって、六番目の選択肢は、知的好奇心に基づく前進である。
                 以上 令和8年1月2日  税理士 原田潤子
2026年1月4日更新
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