税理士の世界は、毎月のクライアントやご紹介者、そして税務調査、士業の付き合い等で数多くの人に会う。しかし、机の上ではほぼ白黒の世界。モノクロの紙の情報を作成し、悩み考えながらクライアントと話をする。
その思考の合間に勉強もするが、時々カラーのものが愛おしく感じる。そのせいか、仕事の合間に絵をみることが好きになり、白黒の世界から離脱して色彩のある世界に身を投じることで仕事を続けている。
私は税理士であり学芸員ではないが、学芸員の仕事が有能であり人生経験が豊かであることが条件ではないかと思う。そのくらい難易度の高い職業と思われる。写真は真実を表し、絵は心を表す。心を読み解くには、画家の感情を自身の人生経験や勉学、信ずるものから読み起こしていかなければ見えてこない。私の解釈は、私自身の人生経験が基本であり、今は絵画を机上で眺めることが多くなってしまったが、シャガールの人生に学ぶことが多々ある。
失うものが多ければ多いほど、最高の愛、喜び、信仰に心が高ぶる。
シャガールは、1985年、98歳の長寿でこの世を全うしたが、第一次世界大戦、第二次世界大戦により、ロシアの故郷を失い、戦争によって自分が描いた絵もフランスの借りていた家も失い、ロシアでの芸術学校の職も失った画家である。失うことの辛さを誰よりも知っていた画家ではなかろうか。
結婚の絵は数点あるが、そのうちベラが白いウエディングドレスを纏い、赤い花の花束を真ん中にしてシャガールと向き合う作品がある。ベラのほうが手前にはっきりと描かれ、シャガールが消えそうな色彩でうっすら描かれている。愛するベラとの幸せな結婚なら、両方とも同じように目立たせて、色彩の魔術師ならではの表現で鮮やかに描いたらよいものを、なぜベラだけ際立たせて本人を消えそうな色合いで描いたのか。
ベラが亡くなったのは、第二次世界大戦によりユダヤ人弾圧のため、フランスに住むことが困難となり、アメリカに渡った後である。45歳で子供達と一緒にアメリカにわたり、マティスの親戚である画商を頼り、一切英語も使わず生活をしていたようである。ベラは、そのアメリカで感染症により亡くなった。
失うことの辛さと苦しみを誰よりも知っているシャガールは、ベラも失うことを事前に予知していたのではないか。シャガールがこれまで失ったものをはるかに超えたのが、ベラとの愛、結婚であったと思われる。
失うものが多かった人ほど、ものへの執着心が消えうせ、得られたものへの感謝と愛情、信仰心が深くなる。しかし、シャガールでさえ、取り返したいとの思いで売却された自分の絵を複写し、同じ絵を二回書いているときもある。代表作の「誕生日」である。このときは、ベラを失うことを予知していない。ベラはシャガールより若く、初めて出会ったのが13歳の時であり、この絵は数年後のことである。ずっと待ち続け、お互い会える歳になって、ベラが誕生日に花を持ってきてくれたときのありふれんばかりの愛情を描いている。
二つの絵を比較すると、「誕生日」には、失う怖さは描かれておらず、くっきりとした色彩で鮮明に感情を表現している。それに対し、最愛の妻を失うことがわかっていたからこそ描いた「結婚」は、ベラを手前に描き、シャガール自身は亡霊のごとく薄っすらと描き、花で体を隠している。ベラに一生忘れないと誓うほどあふれんばかりの思いが込められた作品である。
愛する人、愛する故郷を失う怖さと辛さを受け入れながら、各国で描き続けた強さに感銘を受ける。その名声は、パリオペラ座の天井に現れるがごとく、失ったもの以上の喜びと愛、フランスを愛する心、そして原動力となる信仰を後世に残すためであろう。その使命を全うした画家が、98歳まで生き続けたシャガールではないかと思う。 以上。
2026年1月17日
税理士 原田潤子