青山素子税理士事務所
実力とアナログネットワークで勝負!!
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NECアンソロに金融合流 2026年6月12日
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弁護士が相談前に関係者名を聞く訳 2026年6月12日
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中央銀行の外貨準備、金が首位に 2026年6月5日
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相続税の連帯納付義務 2026年6月5日
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未登記建物2割超 2026年5月29日
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少額減価償却資産の取得価額拡充で上限40万円未満へ! 2026年5月29日
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みずほ銀行、楽天銀行に出資 2026年5月21日
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税理士会が納税者権利憲章の制定要望 2026年5月21日
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自転車青切符1カ月で2147件 2026年5月14日
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社会保険の総合調査は何を見るの? 2026年5月14日
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個人事業主〝国保逃れ〟是正へ通知 2026年5月8日
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3月の鉱工業生産は0.5%減 ナフサ不足 2026年4月30日
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意外と知らない労災保険 2026年4月30日
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大学医学部の定員「削減大胆に」 財政審提言 2026年4月24日
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税務調査の最新動向 所得・消費税で強化進む 2026年4月24日
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日商、最低賃金の目標見直しを 2026年4月17日
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外国人労働者の雇用保険加入 2026年4月17日
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証券会社など相続手続き一括対応 28年秋にも 2026年4月10日
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中企庁調査 事業承継「まだ考えていない」多数派 2026年4月10日
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お役立ち情報
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事務所案内板
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所長の独り言'26-06 昭和の断片Ⅲ-その7(猫マンマ) 2026年6月12日
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事務所ニュース5月号(抜粋) 2026年5月29日
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所長の独り言'26-05 昭和の断片Ⅲ-その6(ペットの値段) 2026年5月14日
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事務所ニュース4月号(抜粋) 2026年4月24日
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所長の独り言'26-04 昭和の断片Ⅲ-その5(野良猫) 2026年4月10日
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事務所ニュース3月号(抜粋) 2026年3月27日
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所長の独り言'26-03 昭和の断片Ⅲ-その4(ペットの葬儀) 2026年3月13日
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事務所ニュース2月号(抜粋) 2026年2月27日
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所長の独り言'26-02 昭和の断片Ⅲ-その3(旬) 2026年2月12日
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事務所ニュース1月号(抜粋) 2026年1月30日
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所長の独り言'26-01 昭和の断片Ⅲ-その2(オフィスコンピューター) 2026年1月16日
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事務所ニュース12月号(抜粋) 2025年12月27日
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所長略歴 2019年12月27日
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業務内容 2003年8月2日
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連絡方法等 2019年3月15日
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リンク集
事務所案内板
所長の独り言'26-03 昭和の断片Ⅲ-その4(ペットの葬儀)
昭和の断片Ⅲ-その4(ペットの葬儀)
先般、15年飼った猫を亡くした。15才と言えば高齢であり、諦めもついた。助からないのに治療を勧めるが、本人(猫)が究極の抗議である粗相をしてまで嫌がるので、獣医に通うのを辞めて自宅で看取った。最期まで好きなように暮らし、つきっきりで寝返りもさせてもらい「下手したら、人間より幸せな最期かも」と思った。
亡くなった後、動物の葬儀社を探し火葬を依頼した。昔は庭があれば庭に埋めたものである。私は、地べたを掘る力が無いので、葬儀社を頼んだ。
50年程昔、学生の頃、行きがかり上猫を飼う羽目になった。綺麗な三毛猫であった。三毛猫に雄は居ないと言う。雌であった。あっという間に妊娠してしまい困ったが、産ますしかなかった。猫のお産は難産と言うが、本当に難産であった。「頑張れ、頑張れ」と猫の両手を握り励ましたが、1匹産んで死産であった。私の両手は、頑張る猫の力を込めた握り返しで血まみれとなった。お腹はまだ大きい。このままでは産めないで弱って死んでしまう。
近所に、50年昔でも大事に大事に内猫を飼っている家があった。私の猫が綺麗で、そこの家の猫が気に入ったので家に入れてくれていた。その家に相談しに行くと、大学病院(獣医の、である)を照会してくれた。
帝王切開と不妊手術を格安(学生の練習台)でしてくれた。腹に3匹残っていたのを出してくれた。「まだ息があるので連れて帰れ」と言われた。手術で仰天して乳も出ない親猫と虫の息の3匹の子猫を、連れて帰ってきた。困った。どの道、子猫3匹は助かる状態ではなかった。保健所に持って行ったら「実験動物として引き取るので、健康でなければダメ」と言われた。実験動物として引き取ると言うのも、今では考えられない事である。
とうとう、子猫3匹は息絶えた。市役所に電話したら「動物の死体は生ゴミとして出す事になっている」と言われ、泣いた。大都会札幌の話であった。今は、立派な火葬炉を持つ動物管理センターに依頼できる。隔世の感がある。
今や、火葬どころか、人間並みに葬式をあげ墓を建てるペット専門の葬儀社がたくさんある。悲しい想い出を持つ私は、火葬してもらえば充分である。お花もお別れもお経も、心づくし程度だが、全部気の済むまでできるので、葬儀社に渡すだけで充分であった。
昭和は、動物が「ペット」と言う家族となった時代でもあった。
先般、15年飼った猫を亡くした。15才と言えば高齢であり、諦めもついた。助からないのに治療を勧めるが、本人(猫)が究極の抗議である粗相をしてまで嫌がるので、獣医に通うのを辞めて自宅で看取った。最期まで好きなように暮らし、つきっきりで寝返りもさせてもらい「下手したら、人間より幸せな最期かも」と思った。
亡くなった後、動物の葬儀社を探し火葬を依頼した。昔は庭があれば庭に埋めたものである。私は、地べたを掘る力が無いので、葬儀社を頼んだ。
50年程昔、学生の頃、行きがかり上猫を飼う羽目になった。綺麗な三毛猫であった。三毛猫に雄は居ないと言う。雌であった。あっという間に妊娠してしまい困ったが、産ますしかなかった。猫のお産は難産と言うが、本当に難産であった。「頑張れ、頑張れ」と猫の両手を握り励ましたが、1匹産んで死産であった。私の両手は、頑張る猫の力を込めた握り返しで血まみれとなった。お腹はまだ大きい。このままでは産めないで弱って死んでしまう。
近所に、50年昔でも大事に大事に内猫を飼っている家があった。私の猫が綺麗で、そこの家の猫が気に入ったので家に入れてくれていた。その家に相談しに行くと、大学病院(獣医の、である)を照会してくれた。
帝王切開と不妊手術を格安(学生の練習台)でしてくれた。腹に3匹残っていたのを出してくれた。「まだ息があるので連れて帰れ」と言われた。手術で仰天して乳も出ない親猫と虫の息の3匹の子猫を、連れて帰ってきた。困った。どの道、子猫3匹は助かる状態ではなかった。保健所に持って行ったら「実験動物として引き取るので、健康でなければダメ」と言われた。実験動物として引き取ると言うのも、今では考えられない事である。
とうとう、子猫3匹は息絶えた。市役所に電話したら「動物の死体は生ゴミとして出す事になっている」と言われ、泣いた。大都会札幌の話であった。今は、立派な火葬炉を持つ動物管理センターに依頼できる。隔世の感がある。
今や、火葬どころか、人間並みに葬式をあげ墓を建てるペット専門の葬儀社がたくさんある。悲しい想い出を持つ私は、火葬してもらえば充分である。お花もお別れもお経も、心づくし程度だが、全部気の済むまでできるので、葬儀社に渡すだけで充分であった。
昭和は、動物が「ペット」と言う家族となった時代でもあった。
2026年3月13日更新
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