青山素子税理士事務所
実力とアナログネットワークで勝負!!
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2026年労働基準法改正 企業への影響と対応策 2026年3月22日
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お役立ち情報
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事務所案内板
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所長の独り言'26-05 昭和の断片Ⅲ-その6(ペットの値段) 2026年5月14日
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事務所ニュース4月号(抜粋) 2026年4月24日
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所長の独り言'26-04 昭和の断片Ⅲ-その5(野良猫) 2026年4月10日
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事務所ニュース3月号(抜粋) 2026年3月27日
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所長の独り言'26-03 昭和の断片Ⅲ-その4(ペットの葬儀) 2026年3月13日
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事務所ニュース2月号(抜粋) 2026年2月27日
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所長の独り言'26-02 昭和の断片Ⅲ-その3(旬) 2026年2月12日
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事務所ニュース1月号(抜粋) 2026年1月30日
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所長の独り言'26-01 昭和の断片Ⅲ-その2(オフィスコンピューター) 2026年1月16日
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事務所ニュース12月号(抜粋) 2025年12月27日
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所長の独り言'25-12 昭和の断片Ⅲ-その1(ロック音楽) 2025年12月11日
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事務所ニュース11月号(抜粋) 2025年11月28日
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所長略歴 2019年12月27日
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業務内容 2003年8月2日
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連絡方法等 2019年3月15日
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リンク集
事務所案内板
所長の独り言'26-04 昭和の断片Ⅲ-その5(野良猫)
昭和の断片Ⅲ-その5(野良猫)
さて、亡くなった猫は野良猫上がりであった。その子の2世代前位から、雌の野良猫が居て毎年仔を産んだ。野良の環境は厳しいので、3年くらいしか生きなかったようである。それでも年に2回くらいは子を産むので、近所は野良猫だらけとなった。猫好きがボチボチ拾って飼っているようであった。
その内の1匹が、どういうわけか毎日毎日私の家の玄関前で「エサをくれー、エサをくれー」と泣き喚くようになった。引き戸のガラス戸に立ち上がった姿でへばりつき、泣くのであるが、黒猫なので、小さい熊のようであった。
高齢の内猫を飼っていて気難しいので、飼ってやりたくても飼ってやれなかった。でも、あまりのしつこさに負けて、渋々餌を与えるようになった。近所から見たら、私の「外猫」状態となった。それが、春に生まれた猫なのだが、晩夏には仔を産んでしまった。「夏猫は育たない」と言うが、北海道の秋の寒さは厳しい。やっと歩き出した仔猫4匹を風除室に連れてきた。仰天した。小さい4匹が固まって寒さに震えているのである。外では寒さで育たずに死ぬのであろう。その頃、17才まで生きた内猫が亡くなっていた。見透かしたように仔猫を連れ込まれたのである。
手づる足づるで3匹を貰ってもらい、一番弱いのを残した。親も中に入れようとしたが、外で1年近く暮らしているので、人間の家は怖いようで、ウンコを垂れてまで嫌がったので、親猫は諦めて外に出して餌だけ与える「外猫」状態が続いた。
翌年、中に入れた仔は、不妊手術をした。だがー、外の親猫はまた仔を産んだ。猫嫌いの家の物置に仔を連れて行って、私が叱られた。一大決心をして、軍手を履き完全武装して「逮捕」し、獣医に連れて行って不妊手術をして貰い、保健所行きを勘弁して貰った。
お金をかけたので、冬は風除に寝床を作ってやった。少しずつ家の中を覗くようになり、2年程かけて家猫となった。元気に外で遊んで、人間の家でくつろぐ、昔の家猫であった。晩年は「寒いのは嫌!!」と、外に出なくなったが、私にしたら、昔ながらの猫であった。今や猫も外に出したらダメなようで(確か、条例か何か)「猫の交流は、人の交流」と思ってきたので、何ともセチ辛く寂しい世の中となったものである。
2匹の野良猫を不妊手術して引き取ったら、近所から野良猫が消えた。野良猫の居る風景が懐かしいのは、昭和の人間だけになってしまった。
さて、亡くなった猫は野良猫上がりであった。その子の2世代前位から、雌の野良猫が居て毎年仔を産んだ。野良の環境は厳しいので、3年くらいしか生きなかったようである。それでも年に2回くらいは子を産むので、近所は野良猫だらけとなった。猫好きがボチボチ拾って飼っているようであった。
その内の1匹が、どういうわけか毎日毎日私の家の玄関前で「エサをくれー、エサをくれー」と泣き喚くようになった。引き戸のガラス戸に立ち上がった姿でへばりつき、泣くのであるが、黒猫なので、小さい熊のようであった。
高齢の内猫を飼っていて気難しいので、飼ってやりたくても飼ってやれなかった。でも、あまりのしつこさに負けて、渋々餌を与えるようになった。近所から見たら、私の「外猫」状態となった。それが、春に生まれた猫なのだが、晩夏には仔を産んでしまった。「夏猫は育たない」と言うが、北海道の秋の寒さは厳しい。やっと歩き出した仔猫4匹を風除室に連れてきた。仰天した。小さい4匹が固まって寒さに震えているのである。外では寒さで育たずに死ぬのであろう。その頃、17才まで生きた内猫が亡くなっていた。見透かしたように仔猫を連れ込まれたのである。
手づる足づるで3匹を貰ってもらい、一番弱いのを残した。親も中に入れようとしたが、外で1年近く暮らしているので、人間の家は怖いようで、ウンコを垂れてまで嫌がったので、親猫は諦めて外に出して餌だけ与える「外猫」状態が続いた。
翌年、中に入れた仔は、不妊手術をした。だがー、外の親猫はまた仔を産んだ。猫嫌いの家の物置に仔を連れて行って、私が叱られた。一大決心をして、軍手を履き完全武装して「逮捕」し、獣医に連れて行って不妊手術をして貰い、保健所行きを勘弁して貰った。
お金をかけたので、冬は風除に寝床を作ってやった。少しずつ家の中を覗くようになり、2年程かけて家猫となった。元気に外で遊んで、人間の家でくつろぐ、昔の家猫であった。晩年は「寒いのは嫌!!」と、外に出なくなったが、私にしたら、昔ながらの猫であった。今や猫も外に出したらダメなようで(確か、条例か何か)「猫の交流は、人の交流」と思ってきたので、何ともセチ辛く寂しい世の中となったものである。
2匹の野良猫を不妊手術して引き取ったら、近所から野良猫が消えた。野良猫の居る風景が懐かしいのは、昭和の人間だけになってしまった。
2026年4月10日更新
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